なぜ名店は赤酢寿司に回帰するのか?白酢との決定打と赤シャリの正体

なぜ名店は赤酢寿司に回帰するのか?白酢との決定打と赤シャリの正体

なぜ名店は赤酢寿司に回帰するのか?白酢との決定打と赤シャリの正体の疑問点について、専門知識を詳しくお届けします。

現代でこそ「ハイエンドな高級鮨の象徴」と見なされがちな赤酢ですが、その歴史・由来を紐解くと、江戸前寿司の誕生と大衆化を支えた原動力であったという意外な歴史的事実に突き当たります。

江戸時代後期の文化・文政期(1800年代初頭)、尾張国(現在の愛知県)で酒造業を営んでいた中野又左衛門(ミツカン創業者)が、灘や伏見の酒蔵から大量に廃棄されていた酒粕に着目しました。「この酒粕を使って、安くて旨い酢を造れないか」と試行錯誤の末に完成させたのが粕酢、すなわち赤酢です。この酒粕を原料とした赤酢の代表格が、今も名だたる職人に愛用される銘柄「ミツカン 三ツ判山吹」のルーツとなっています。

当時、上方から運ばれる米酢は高価な高級品でしたが、粕酢は手頃な価格でありながら旨味が強く、握り寿司の祖とされる華屋与平らの屋台寿司で爆発的な人気を博しました。つまり、江戸前の握り寿司は「赤酢のシャリによって生まれ、庶民のファストフードとして開花した」のです。

しかし第二次世界大戦中から戦後にかけて、食糧統制によって日本酒の生産が激減し、原料となる酒粕の入手が極めて困難になりました。加えて、高度経済成長期にはすっきりと透明感のある白酢が近代的な衛生イメージとともに定着し、赤酢は一時、表舞台から姿を消しかけました。現在見られる赤酢ブームは、単なる一時的な流行ではなく、伝統的な江戸前の美意識と技術に対する「本質的な原点回帰」と言えます。

加藤 愛美
著者

加藤 愛美

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。