矢田稚子氏のキャリアにおける最大の転換点は、現場を知り尽くした労働組合のリーダーから国政の中心へと駆け上がった経緯にある。かつてパナソニックグループ労働組合連合会の書記長や委員長を務め、家電メーカーの激しいグローバル競争と現場で働く労働者の切実な苦悩を間近で体感してきた。この「現場目線」こそが、彼女の政治活動における揺るぎない背骨となっている。
その後、参議院議員選挙に立候補し当選。国民民主党の主要メンバーとして、子育て支援や雇用問題、男女共同参画社会の実現に向けた法案作成に尽力した。野党議員としてのキャリアを積むなかで発揮された高い実務能力は、党派を超えて高く評価されることとなる。そして、岸田文雄前首相の政権下において、野党出身者でありながら内閣官房の首相補佐官(賃上げ・雇用担当)に抜擢されるという、極めて異例の政治人事が行われた。内閣官房の中枢に入り込んだことで、従来の永田町の常識を覆す政策推進力が生まれることとなった。