日本国内の初学者やネット上の解説で最も頻繁に見られる致命的な誤認が、「光栄ある孤立=江戸時代の鎖国やアメリカの孤立主義(モンロー主義)のような内向きの引きこもり政策」という解釈です。これは完全な誤りと言わざるを得ません。
イギリスが拒否していたのは、あくまでヨーロッパ大陸の諸国と結ぶ平時における恒久的な軍事同盟(Permanent Alliance)だけであり、国際社会への関与という点では、世界史上類を見ないほど攻撃的かつグローバルに介入を繰り返していました。
事実、この時期のイギリスは「自由貿易帝国主義」を掲げ、清に対するアヘン戦争やアロー戦争、中東でのオスマン帝国保全介入、エジプトの事実上の保護国化、インド植民地帝国の拡張など、世界各地で積極的な軍事行動(砲艦外交)を連発しています。「ヨーロッパの泥沼には関わらないが、世界の海と市場は力ずくでこじ開ける」というのが実態であり、自らの市場開拓と通商ルート防衛のためには地球の裏側まで艦隊を派遣していました。
イギリスにとっての孤立とは、外部からの遮断ではなく、他国を従属的なゲームのプレイヤーとして俯瞰し、自らが「審判(アンパイア)」としてルールを押し付けるための超越的ポジショニングに過ぎなかったのです。