華やかなスポットライトの裏で、クミコは生命の危機に直面する過酷な試練を何度も経験しています。
2006年の乳がん発覚と左乳房全摘出
ブレイクの最中にあった2006年、初期の乳がんが発見されました。医師からの告知を受けた際、彼女は迷うことなく左乳房の全摘出手術を選択。術後の抗がん剤治療やホルモン療法に伴う倦怠感・声への影響という恐怖に直面しながらも、わずか数ヶ月後にはステージへと復帰を果たしました。
世間では「配偶者の献身的な看病があったのでは」と語られがちですが、実際の手記や当時の特番インタビューにおいて、彼女が明かしたのは「独りきりで病魔と向き合う覚悟」でした。もちろん、主治医や信頼するプロデューサー、スタッフ、そして全国のファンの励ましが大きな力となりましたが、最終的に病を受け止め、自らの足で立ち上がる決断を下したのは彼女自身でした。この闘病経験が、彼女の歌に「命の重み」という決定的な説得力を加えることになります。
2011年3月11日・東日本大震災での被災
紅白初出場の翌年となる2011年3月11日、クミコはコンサート開催のため宮城県石巻市を訪れていました。開演直前に未曾有の激震に襲われ、津波が迫る中、会場となった石巻市福祉会館の屋上に避難。氷点下の寒さの中、地元住民とともに避難所で毛布にくるまり、一夜を明かしました。
死の淵を目撃した彼女は、被災地へのチャリティー活動を継続するとともに、「歌は人を救えるのか」という根本的な問いと対峙。孤独や恐怖を知る者だからこそ紡げる祈りの歌声は、日本中の被災者や苦難を抱える人々の心の拠り所となりました。