絆会の歴史は、日本最大の指定暴力団である六代目山口組からの分裂、そして神戸山口組からの再分裂という、血塗られた歴史と切り離せない。脱退と結成を繰り返す過程で生じた亀裂は、単なる組織内の対立にとどまらず、街頭での拳銃発砲事件や白昼の襲撃劇へと発展した。
かつて「脱・ヤクザ」的な改革を謳い、上納金の削減や組員の負担軽減を掲げた理想主義は、凄惨な報復合戦の前にもろくも崩れ去った。対立組織からの標的とされ続ける緊張感の中で、組織の基盤は急速に弱体化。理想と現実のギャップが、凄惨な衝突を生み出す負の連鎖となったのだ。