ネット上や一部の噂では、琴奨菊のキャリアに関して誤解された情報が散見されます。その代表例が「琴バウアーの禁止令」に関する経緯と、引退時の「年寄名跡」を巡る憶測です。
まず「琴バウアー」について、一時期ネット上で「日本相撲協会から禁止された」「注意を受けてやめた」という噂が流れました。しかし事実関係を確認すると、審判部から出されたのは「制限時間前の仕切りにおいて時間短縮を意識すること」という全般的な申し合わせであり、琴バウアーそのものが名指しで禁止されたわけではありません。琴奨菊自身もファンの期待に応えつつ、制限時間内にスムーズに取組へ移行できるよう、動作のタイミングや長さを自ら微調整したというのが真相です。
また、引退直後に名乗った年寄名跡「井筒」から現在の「秀ノ山」への移行についても、一部で「派閥争いや名跡のトラブルがあったのではないか」と勘繰る声がありました。しかし実際は、元横綱・鶴竜が井筒を継承するまでの調整期間として一時的に借株し、その後、自身の師匠筋や関係各所と円滑な合意のもとで由緒ある名跡「秀ノ山」を正式に取得・襲名したというのが実情です。筋を通した円満な手続きを経ての独立であり、角界内の人間関係も良好に保たれています。