この大惨事を受け、2011年10月、国は食品衛生法に基づく大幅な制度改正に踏み切りました。これが現在も適用されている厚生労働省の生食用食肉規格基準の策定です。それまで業界内で事実上の「努力目標」にとどまっていた生食用食肉の取り扱いに対し、罰則を伴う厳格な法的強制力を持たせたのです。
なぜここまで徹底した法規制が敷かれたのか、その根底には牛肉生食の規制理由に直結する生物学的構造があります。牛は健康な個体であっても、その腸管内に高確率でO157やO111などの病原性大腸菌を保有しています。と畜・解体処理を行う際、熟練の職人がどれほど細心の注意を払っても、枝肉の表面に菌が微量付着する可能性をゼロにすることは構造上不可能です。さらに、大腸菌はごくわずか10〜100個程度の微量摂取でも感染が成立する極めて強力な感染力を持っています。
現行基準では、生食用として提供される牛肉に対し、以下の極めて厳しい工程管理が義務付けられています:
- 専用設備の義務化:他の肉と完全に隔離された、生食用食肉専用の無菌的な設備・器具で衛生的に処理すること。
- 熱湯殺菌処理:肉塊の表面から深さ1cm以上の部分までを60度で2分間以上加熱(または同等以上の殺菌)し、表面に付着した細菌を完全に死滅させること。
- 認定者の配置:食品衛生責任者などの資格に加え、都道府県知事等が認める講習を修了した専任の生食用食肉取扱者が作業を行うこと。
- 成分規格のクリア:腸管出血性大腸菌およびサルモネラ属菌が陰性である検査証明をロットごとに保持すること。
これらの設備投資と検査コストには莫大な資金が必要となるため、街の一般的な焼肉店が独自に生肉を加工・調理して提供することは採算面から極めて困難になりました。現在、正規の牛ユッケを提供できる店舗は、これらの基準を完全にクリアした認可加工場から真空パック詰めされた製品を仕入れている一部の高級店や専門店に限られています。