小栗旬の演技が単なる「感動の美談」にとどまらず、社会的な議論にまで発展した最大の要因は、第6話で描かれたシングルファーザーとしての育児崩壊の危機でした。
妻を亡くした浩之は、周囲に弱音を吐くこともできず、会社での責任ある業務と深夜の夜泣き対応、保育園の送迎に追われます。疲労困憊のなかでベビーカーを押しながら雨の夜道を歩き、サクラの前で「もう限界かもしれない」「晴美がいなくなって、全部俺一人で背負うなんて無理だったんだ」と絞り出すように吐露する場面は、多くの現役子育て世帯の胸を抉りました。
SNSやネット掲示板では当時、以下のような生々しい声が溢れ返りました。
- 「ドラマの小栗旬の姿は、自分がワンオペで追い詰められていた時の記憶そのもの。涙が止まらなかった」
- 「『母親がいないから可哀想』と言われたくないという意地と、体力の限界の狭間で震える浩之の目が本物だった」
- 「サクラ先生が『浩之さんはもう十分に頑張っていますよ』と声をかけた瞬間、自分自身の育児の苦しみも救われた気がした」
私生活でも2014年に第1子が誕生し、リアルに乳幼児の育児に向き合っていた小栗旬だからこそ、睡眠不足による憔悴感や、子どもの体温を感じた時の安らぎを、技術的な演技を超えた迫真のリアリティで具現化できたといえます。