かわいそうなぞう実話の真相と理由|上野動物園の悲劇を検証

かわいそうなぞう実話の真相と理由|上野動物園の悲劇を検証

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多くの読者が抱く「なぜそこまでして動物園の象を殺さなければならなかったのか」という疑問に対し、歴史研究と公文書は極めて冷徹な事実を示しています。1943年(昭和18年)8月16日、当時の東京都長官(現在の大都市行政首長に相当)・大達茂雄によって、上野動物園に対する「戦時猛獣処分」が極秘裏に命令されました。

表向きの理由は「本土空襲時に猛獣が脱走して市民に危害を加えることを防ぐ防空対策」と説明されていました。当時の戦況を時系列で検証すると、米軍による東京への大規模空襲(東京大空襲など)が本格化するのは1944年末から1945年にかけてのことであり、1943年8月時点ではまだ本土空襲の差し迫った脅威は限定的でした。

防空上のリスク管理以上に重視されたのが、「国民に対する危機感の醸成と戦意高揚」という心理的プロパガンダでした。当時、戦局が不利に傾きつつある事実を隠蔽していた当局は、国民の気の緩みを引き締め、「上野動物園の人気動物たちさえ処分しなければならないほど戦況は非常事態である」という緊張感を社会全体に植え付けるための見せしめとして処分を断行したと歴史家たちから分析されています。

園長を務めていた福田三郎氏をはじめとする動物園スタッフは、地方の動物園への疎開(仙台市八木山動物公園などへの一時移送)を必死に嘆願しましたが、行政側は「移送中の事故リスク」や「特別扱いを許さない戦時統制」を理由にこれを即座に却下しました。

山口 彩花
著者

山口 彩花

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。