ネット上の情報では「多少のシワなら放置しても自然に治る」「とりあえず霧吹きを大量にかけておけば安心」といった安易な記述が散見されますが、これらはテーラリングの観点から見れば重大なリスクを孕んでいます。
最も警戒すべきは、スーツシワ放置テカリ原因のメカニズムです。スーツの生地表面には、ウール特有の微細な鱗状組織(スケール)が存在し、光を乱反射させることで上質な光沢を生み出しています。しかし、シワが寄った状態で着用を続けたり、放置して上から圧力がかかり続けたりすると、繊維同士が擦れ合ってスケールが削れ、表面が平滑化されてしまいます。この「繊維の磨耗と押し潰し」こそが、肘や臀部に現れる不快な光沢、いわゆるテカリの主因です。一度スケールが削れてしまった繊維を完全に復元することは極めて難しく、放置することはスーツの寿命を直接縮める行為に他なりません。
また、近年普及しているポリエステル混紡生地やウォッシャブルスーツにおいても落とし穴があります。化繊はシワになりにくい反面、熱に弱い性質を持っています。アイロンを直接当てたり、ドライヤーを至近距離で長時間当て続けたりすると、ポリエステルが熱収縮を起こして変色や「アタリ(テカリ)」を不可逆的に引き起こします。
岡山の老舗オーダースーツ専門店などの現場指導でも強調されているように、スチームや熱を活用する際は「直接触れさせず、適度な距離を維持する」ことが絶対の原則です。水分を過剰に与えすぎると、ウール内部の油分(ラノリン)が抜けて生地のコシが失われるだけでなく、縫製部分のパッカリング(縫い縮み)を助長してしまうため、適切な湿潤と完全乾燥のバランス管理が不可欠となります。