恵迪寮を語る上で、明治45年(1912年)に誕生した不朽の名作寮歌『都ぞ弥生(みやこぞやよい)』(横山芳介作詞・赤木顕次作曲)を外すことはできません。第一高等学校(東大教養学部の前身)の『嗚呼玉杯に花うけて』、第三高等学校(京大教養部の前身)の『紅もゆる丘の花』と並び、日本三大寮歌の一つとして教科書や音楽史にも名を刻む至高の芸術です。
札幌の厳冬の静けさと遅い春の爆発的な生命力を謳い上げたこの旋律は、100年以上を経た現在もなお、入試直後の新歓期から卒業式に至るまで、世代を超えて北大生のアイデンティティを強固に結束させています。現在でも同寮では毎年のように公募による新寮歌が生み出され続けており、過去の遺物を愛でるだけでなく文化を生成し続ける装置として生きています。
しかし、その眩い伝統の足元で、建物の老朽化という冷徹な物理的タイムリミットが迫っています。現在の「第3代恵迪寮」は1983年(昭和58年)に竣工した鉄筋コンクリート造5階建て。完成から40年以上の歳月が経過しました。
躯体コンクリートの劣化、配管設備の赤錆や漏水リスク、耐震基準への適合性、そして近年の激甚化する気候変動に対応する空調設備の欠如など、生活空間としてのインフラは限界点に達しています。大学当局は安全管理・資産運用の観点から、PFI方式(民間資金活用による社会資本整備)を導入した一般的な学生マンション型ドミトリーへの全面建て替えや民間委託を視野に入れた改編を模索してきました。
これに対し、寮自治会側は激しく抵抗を続けています。「大学や民間会社に管理されたワンルーム型の集積では、100年守られた自治の炎と人間教育の機能が完全に死滅する」というのが寮生側の主張です。耐震・環境性能を満たす大規模改修(リノベーション)を軸としつつ、自治空間と低額な寮費を死守できる枠組みを求めて、大学教務・厚生局との間で緊張感あふれる交渉が幾度となく重ねられています。