歴代アイドル御三家の真相!初代から新御三家・乃木坂までの激動史

歴代アイドル御三家の真相!初代から新御三家・乃木坂までの激動史

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「御三家」という表現のルーツは、言うまでもなく江戸時代の徳川将軍家に連なる「尾張・紀州・水戸」の徳川御三家にあります。将軍の跡継ぎを出し得る別格の家柄を指す格式高い政治用語が、なぜ軽快な大衆歌謡の世界へと持ち込まれたのでしょうか。

芸能史を振り返ると、1960年代初頭に橋幸夫が「潮来笠」で鮮烈なデビューを飾り、続いて学ラン姿の舟木一夫が「高校三年生」で爆発的ヒットを記録、さらに「君だけを」を引っ提げた西郷輝彦が加わった際、スポーツニッポンや平凡出版(現・マガジンハウス)の芸能担当記者が、三者の圧倒的な動員力と興行価値を称えて「歌謡界の御三家」と呼び始めたのが発端とされています。

映画会社の関係者による回想録によれば、当時映画館に観客を呼べる若手歌手は金の卵であり、日活や大映、東映などの配給各社が競い合うように彼らを主演映画に起用しました。メディア側も単独で取材するより、3人をライバルとして対比させる誌面づくりの方が実売部数を飛躍的に伸ばせたという商業的必然性がありました。

そして1970年代に入り、オーディション番組や新世代タレントの台頭によって登場したのが郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎の「新御三家」です。このネーミングを決定づけたのは、当時の『月刊明星』編集部でした。同誌の元編集デスクが遺した手記には次のような舞台裏が記されています。

「フォーリーブスの弟分として圧倒的な可愛さで飛び出してきた郷、甘いマスクとギターテクニックで玄人を唸らせた野口、そして荒々しいシャウトと長身でステージを駆けた西城。この3人が揃った瞬間、元祖御三家を超える新しい時代の風が吹いたと直感した」

「新」の文字を冠したこの枠組みは、テレビ番組のキャスティング会議でも定番化し、歌番組のプロデューサーたちは3人を同じ枠に出演させることで、視聴率の相乗効果を狙っていきました。

斉藤 蓮
著者

斉藤 蓮

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。