「犬に噛まれたら放置は絶対NG」とされる最大の医学的根拠は、犬の歯の構造と牙がもたらす外傷のメカニズムにあります。犬の牙は細く鋭利であり、皮膚表面には針で刺したような数ミリの小さな創傷(刺創)しか残さない場合が少なくありません。しかし、咬合力(噛む力)は中型犬であっても100キログラム以上に達することがあり、皮膚の深層にある皮下脂肪、筋膜、腱鞘、さらには骨膜にまで細菌を含んだ唾液が一気に圧入されます。
傷口の表面は弾力性によってすぐに閉じるため、内部は細菌にとって格好の増殖環境である「密閉空間(嫌気的環境)」と化します。これが、犬咬傷において病院に行かないリスクと危険な理由の根幹です。受傷直後は出血が止まり痛みが引いたように見えても、組織深部では細菌が爆発的に分裂を繰り返しています。
放置した場合の典型的な経過として、受傷後数時間から翌日にかけて犬に噛まれた後の腫れと痛みが急激に悪化します。局所が熱を帯びて赤く腫れ上がり、ズキズキとした拍動性の激痛が生じるだけでなく、細菌が血管やリンパ管を介して全身に回ると、高熱、悪寒、血圧低下、多臓器不全を伴う「敗血症ショック」へと進展します。最悪の場合、手足の切断や死に至る事例も実際に存在するため、「血が出ていないから大丈夫」という素人判断は命取りになります。