大正から昭和初期にかけて、この地は日本における大衆娯楽の最前線だった。チャップリンが来日した際に足を運んだとも伝えられる映画館街や、連日立ち見が出るほどの盛況を見せた寄席や劇場。新開地はまさに、当時の庶民が現実を忘れ、最新のカルチャーとエネルギーを吸収する夢の都市空間だったのだ。
第二次世界大戦の空襲や、その後の都市機能の三宮エリアへの移転、さらには1995年の阪神・淡路大震災という幾多の試練を経験しながらも、街の骨格は決して途絶えなかった。「喜楽館」に代表される上方落語の定席が復権し、路地裏に佇む小さな劇場や古い看板が、かつての黄金期の記憶を現在へと語り継いでいる。