第二次世界大戦末期の昭和19年(1944年)6月、千葉県成田市台方に鎮座する麻賀多神社の社務所において、ひとつの衝撃的な神示が誕生しました。神道家であり画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)の右腕が突如として激しく痙攣し、漢数字や記号のみで構成された謎の文字列を紙の上に書き殴ったのです。これが現代に至るまで多くの研究者やオカルト愛好家を惹きつけてやまない『日月神示(ひふみしんじ)』の始まりでした。
この神示を降ろした主宰神の筆頭もまた、国常立尊(国之常立神)でした。日月神示の基本トーンは、世界の破局を煽る低俗な終末予言とは根本的に異なり、徹底した人間の内省と精神の純化を求めています。
「世の立替え、立直し」「身魂(みたま)磨き」という言葉に象徴されるように、神示は人類が物質的欲望や利己主義に溺れた結果、自らの手で地球環境と精神の生態系を破壊し尽くす破滅のシナリオを鋭く警告していました。そこでは「善も悪も抱き参らせる」という独自の境地が示され、単なる道徳的善悪を超えた次元で、各人が自己の内面にあるエゴを取り除く鍛錬を積むことが厳命されています。
スピリチュアルな観点において国常立尊が担う本質的な意味は、「偽りの破壊と、真実の自己の再生」です。甘えや誤魔化しを基盤として築かれた人間関係やビジネスモデル、不誠実な生き方は、この神の波動に触れた瞬間に崩壊を余儀なくされます。現象面だけを見れば「病気や破産、予期せぬトラブルに見舞われた」という形をとるため、浅薄な見解では「祟り」と恐れられますが、その実相は本人が真の軌道に戻るための手荒い荒療治にほかなりません。