中村獅童の父が歌舞伎を去った理由とは?初代の壮絶経歴と萬屋の真実

中村獅童の父が歌舞伎を去った理由とは?初代の壮絶経歴と萬屋の真実

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歌舞伎の世界は、現在でも「親の看板」が芸の道筋を大きく左右する過酷な実力・門閥社会です。父が現役の幹部俳優ではないということは、劇場の楽屋での立ち位置や配役の面で、想像を絶するハンディキャップを背負うことを意味していました。この高い壁に立ち向かったのが、獅童の母である小川陽子(おがわ ようこ)さんでした。

京都出身で気骨ある性格だった陽子さんは、後ろ盾のない息子を守るため、文字通り身を粉にして梨園のしきたりと向き合いました。劇場の贔屓筋への挨拶回りから関係者へのお礼状書き、楽屋での細やかな気配りに至るまで、本来なら名門の妻たちが分担して行う重労働をすべて一人で引き受けたのです。獅童自身も生前のインタビューで「お袋がいなければ、間違いなく自分は歌舞伎の舞台に立てていなかった」と幾度となく感謝を語っています。

父・三喜雄が経営やビジネスの防波堤となり、母・陽子さんが伝統芸能の泥臭い人間関係を切り拓く――この完璧な役割分担があったからこそ、二代目獅童は名門の枠に縛られない「ロックな歌舞伎役者」として独自のポジションを確立できたのです。陽子さんは2013年12月、心不全のため73歳で惜しまれつつ世を去りましたが、その不屈の闘魂は今も息子の芸風に深く息づいています。

山口 彩花
著者

山口 彩花

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。