長男・正吾氏の歩みは、日本のスポーツ界でも稀に見る特異なストーリーを持っています。中学時代はバレーボール部、高校時代はアメリカンフットボール部で活躍し、神奈川県選抜に選ばれるほどの実力を発揮。そして大学入学時、「もう一度、本気で白球を追いたい」と、実に6年間のブランクを乗り越えて名門・慶應義塾大学野球部の門を叩きました。
186cm、90kgという恵まれた体格に加え、血のにじむような努力を重ねた正吾氏は、大学4年時にチームの「4番・ファースト」へと定着。東京六大学の秋季リーグでは勝負強い打撃を連発し、一塁手部門でベストナインを獲得するまでの覚醒を見せました。この劇的な進化がプロ球団のスカウト陣の目を引き、2024年秋のプロ志望届提出へと繋がったのです。
しかし、迎えたドラフト会議での指名は見送られました。会議直後から、四国アイランドリーグplusやルートインBCリーグなどの国内独立リーグ、さらには海外リーグへの挑戦が取り沙汰され、一部メディアでは「独立リーグからNPBを目指す」という観測記事が相次ぎました。
だが関係者の証言によると、正吾氏はドラフト指名漏れが決まった時点で、競技としての野球に一つの区切りをつける決意を固めていました。「挑戦しきったからこそ後悔はない」という本人の言葉通り、複数の有力企業から内定を得ていた一般就職の道を選択。就職先については、大手商社や大手広告代理店、金融機関などの名前が挙がりましたが、本人は一人のビジネスパーソンとして実直に自立した生活を送っています。野球という枠組みを超え、自らの知性と人間力で勝負する道を選んだ潔い決断でした。