世間を驚かせたのは、結婚からわずか1年3ヶ月後の1990年10月に発表されたスピード離婚でした。9年間という歳月を共に過ごし、お互いを深く知り尽くしていたはずの二人が、なぜ戸籍を入れた途端に破局へと向かってしまったのでしょうか。
離婚発表当時、女性週刊誌やワイドショーでは様々な憶測が飛び交いました。「多忙によるすれ違い」「家庭内での衝突」といった表面的な見立てが先行しましたが、後に宮崎美子本人がテレビ番組のインタビューや手記で振り返った言葉には、より心理学的に根深い要因が示されていました。
宮崎美子は離婚理由について、要約すると次のような趣旨の告白を残しています。
「結婚する前の9年間はとても自然で良い関係だったのに、いざ『結婚』という形にはめ込んだ途端、お互いの生活のリズムや独立したペースが崩れてしまった。『妻だからこうしなければならない』『夫だからこうあるべきだ』という形式的な枠組みに縛られ、自分たちらしい関係性を維持できなくなってしまった」
結婚前は、実質的な事実婚に近い形で良好な自立関係を築いていました。しかし、1980年代末当時の日本社会における「法律婚」は、女性に対して無意識のうちに旧来的な「主婦役割」や「家事の負担」を強く要請する空気を色濃く残していました。人気女優として多忙を極める宮崎美子と、激務で知られるキー局の番組ディレクターだった上野氏。制度としての婚姻関係を結んだことで、お互いに「良き夫」「良き妻」を演じようとするプレッシャーが生じ、それがかえって二人の間に修復しがたい息苦しさを生んでしまったのが真相と言えます。
注目すべきは、二人の別れが金銭トラブルや異性スキャンダル、泥沼の罵り合いによるものではなかった点です。事実、離婚後も二人は仕事仲間として再会し、友好的に会話を交わすなど、憎しみ合って決別したのではないことが当時の現場関係者によって証言されています。