五志喜の歴史は、江戸初期の寛永12年(1635年)、初代・竹田市兵衛が松山城下で素麺屋を興したことに端を発します。享保年間に八代目の娘が椿神社への参拝帰りに見た「五色の糸」のひらめきから誕生したとされる「五色そうめん」は、松平公へ献上され、さらには朝廷からも称賛を受けた伊予の至宝です。白(小麦)、緑(抹茶)、黄(卵)、赤(梅)、茶(そば)といった天然色素で染め上げられた麺は、単なる保存食の枠を超え、祝い事やもてなしの象徴として受け継がれてきました。
しかし、五志喜が現代においても圧倒的な支持を集める背景には、単なる歴史の古さに甘んじない柔軟な食文化の再構築があります。伊予の山海の恵みを現代人の味覚に調和させ、愛媛全域の郷土料理を網羅する総合割烹へと昇華させた点こそが、観光客のみならず松山市民のハレの日の会食処としても重宝される所以です。