タイトルにも冠された「誰かの心臓になれたなら」という一節は、自暴自棄と隣り合わせの純粋な祈りを象徴しています。歌詞全体を通して描かれているのは、「無価値に思える自分であっても、せめて誰かの生きる糧になりたい」という切実な願いです。
冒頭の「こんな僕が生きてるだけで 何万人の人が悲しんで」という痛烈な自己否定から始まりながらも、サビでは「愛されたいと望むこと」を否定せず、不条理な世界の中でそれでも誰かと繋がりたいと願う人間の本能が赤裸々に綴られます。漢字のニュアンスだけでなく、速射砲のように繰り出されるフレーズをひらがな(ふりがな)で追うと、言葉の音の響きそのものが焦燥感と熱量を生み出していることがよく分かります。