サモトラケのニケの顔はなぜない?頭部復元の謎とルーヴルの名作を追う

サモトラケのニケの顔はなぜない?頭部復元の謎とルーヴルの名作を追う

サモトラケのニケの顔はなぜない?頭部復元の謎とルーヴルの名作を追うとはどんな影響があるのか? 主要なファクトを丁寧に紐解いて紹介します。

サモトラケのニケの復元史において、頭部以上にドラマチックな展開を見せたのが「右手」の発見です。

シャンポワゾの初期発掘から約90年が経過した1950年、アメリカ・ニューヨーク大学のカール・レーマン(Karl Lehmann)教授率いる考古学調査チームがサモトラケ島の同遺跡を再発掘した際、奇跡的にニケの右手の掌(てのひら)と指の断片を発見しました。さらにその後、ウィーン美術史研究所の収蔵庫に眠っていた未同定の破片の中から親指と薬指が特定され、ルーヴル美術館へと運ばれました。

この発見は、長年議論されてきたニケのポーズに関する定説を根底から覆すことになります。

それまで19世紀から20世紀前半の美術史界では、「ニケは右手にトランペット(角笛)を持ち、口元に当てて勝利を高らかに吹き鳴らしていた」あるいは「勝利の月桂冠を高く掲げていた」という説が主流でした。当時の復元想像図や模型の多くも、腕を高く掲げた姿で描かれていたのです。

しかし、発見された右手は完全に開かれており、何か棒状の物体や冠を握っていた痕跡(接合穴や摩擦痕)は一切ありませんでした。指先は緩やかに伸び、掌を上に向けて軽く掲げられていたことが判明したのです。

この事実から、ニケは武器や楽器を持っていたのではなく、「ただ手を挙げて勝利の祝福を海上の兵士たちに授けていた」という、より優美で気品に満ちたポーズであったことが確定しました。現在、この右手は像本体には接合されず、ルーヴル美術館の同フロアにあるガラスケース内で静かに並置展示されています。

中島 亮太
著者

中島 亮太

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。