地上から見上げれば米粒のようにしか見えない高空で、鳶職人たちは幅わずか数十センチの鉄骨の上を平然と行き交っていました。現代の建設現場ではフルハーネス型安全帯の常時着用が義務付けられていますが、昭和30年代初頭の労働環境はまったく異なります。落下防止ネットすら十分に張られていない中、職人たちは命綱なしで作業に挑んでいました。
彼らが命綱をつけなかったのは、単なる無謀や過信ではありません。当時の装備では命綱のロープが鉄骨に引っかかり、風に煽られた際に身動きが取れなくなる危険があったため、「いざという時に身軽に動けることこそが生死を分ける」という職人独自の判断がありました。
足元を支えるのは、底の薄い一足の地下足袋のみです。足裏の感覚を研ぎ澄ませて鉄骨のわずかな傾きや風圧を感知し、時速数十キロの強風が吹きすさぶ中でも重心を一切崩さない驚異的な体幹とバランス感覚を持っていました。現代のサーカスさながらの光景が、日常の作業現場として繰り広げられていたのです。