胃全摘手術を受けた芸能人が公の場に姿を現した際、必ずと言っていいほどネット上で持ち上がるのが「激痩せして別人のようだ」「再発したのではないか」という憶測です。しかし、医療の現場から見れば、胃全摘後の体重減少は病気の再発ではなく、臓器を失ったことによる解剖学的・生理学的な必然です。
胃の消失による「3つの物理的機能停止」
胃は単なる食べ物の通り道ではありません。主に以下の3つの役割を担っています。
- 貯留能:食べたものを数時間蓄え、少しずつ小腸へ送り出すタンクの機能。
- 撹拌・消化能:強い胃酸とペプシンによって食物をドロドロの粥状に砕く機能。
- 内分泌能:食欲を刺激するホルモン「グレリン」の分泌や、ビタミンB12の吸収に必要な内因子の分泌。
胃を全摘すると、食道と小腸が直接吻合されます。これにより貯留能が完全にゼロとなり、食事を一度に通常の量摂取することが不可能になります。さらにグレリンの分泌が途絶えることで空腹感そのものが湧きにくくなり、結果として術後1〜2年で体重が術前の10%〜20%減少するケースが一般的です。
患者を苦しめる「ダンピング症候群」の二重構造
胃全摘サバイバーが最も苦戦するのが、食前・食後に起こるダンピング症候群です。これには発症時間によって2つのタイプが存在します。
1. 早期ダンピング症候群(食後5分〜30分以内)
高浸透圧の未消化物が急速に小腸へ流れ込むことで、腸管内に水分が一気に引き込まれ、循環血液量が急減します。これに伴い、冷や汗、激しい動悸、全身の倦怠感、めまい、激しい腹痛・下痢が引き起こされます。
2. 後期ダンピング症候群(食後2〜3時間後)
糖分が小腸から急激に吸収されることで血糖値が跳ね上がり、それを抑えようとインスリンが過剰に分泌されます。その結果、急激な反応性低血糖に陥り、手の震え、脱力感、激しい空腹感、意識の混濁などが発生します。
著名人たちが術後復帰を果たす際、撮影現場や移動車内に必ずブドウ糖や飴玉、軽食を常備しているのは、この後期ダンピング症候群による急激な低血糖発作を防ぐための命綱なのです。