1960年代の日本映画界において、女優の役割は往々にして男たちのドラマを引き立てる静的な「華」に押し込められがちだった。しかし、彼女が東宝のカメラの前に立った瞬間、その常識は鮮やかに覆される。カメラレンズを真っ直ぐに見据える強い意志、どこかミステリアスでありながら情熱的な感情のゆらめき。彼女が演じたキャラクターたちは、常に自らの意志で選択し、運命に抗う強さを秘めていた。
怪獣が画面狭ましと暴れ回る特撮映画において、実写パートの人間ドラマが薄味になってしまえば作品全体のリアリティは崩壊する。名匠・本多猪四郎監督が全幅の信頼を寄せたのは、巨大な特撮セットや合成技術に決して食われない、圧倒的な目力と感情の熱量を持つ演者の存在だった。巨大なモンスターの脅威と拮抗する人間のドラマを描き出すうえで、彼女の存在は必要不可欠なアンカーだったのである。