昭和から令和に至るまで、4つの年代(1970年代、1980年代、1990年代、2000年代)でオリコンシングルチャート1位を獲得した唯一のアーティストでありながら、普段のテレビ出演は皆無に等しい状態が続いています。このメディア露出の理由について、単なる気難しさや神秘主義ではなく、デビュー期から一貫して守り抜かれてきた「リスナーとの純粋な対峙」という制作方針が背景にあります。
彼女はかつて、作品と歌い手のパブリックイメージが過度に直結することを警戒し、音楽そのものの物語を聴き手一人ひとりの心の中に委ねるスタンスを明かしていました。バラエティ番組や音楽特番のひな壇に並ぶことを避け、楽曲が使われるタイアップ作品の世界観や、長年連れ添ったプロデューサー・瀬尾一三氏とのスタジオワークに情熱を注ぎ込んできたのです。
例外的に大きな話題となった紅白出演の経緯を振り返ると、そこには明確な必然性がありました。2002年の第53回NHK紅白歌合戦では、社会現象となったドキュメンタリー番組『プロジェクトX〜挑戦者たち〜』の主題歌「地上の星」を、厳寒の富山県・黒部ダムのトンネル内から生中継で歌唱。極限状態の労働者たちへ捧げる歌として、スタジオではなく過酷な現場から届けることに意義を見出しました。また、2014年の第65回では、連続テレビ小説『マッサン』の主題歌「麦の唄」をNHKホールのステージで熱唱。いずれも単なるタレントとしての出演ではなく、「番組に込められた人々の想いを届ける語り部」としての責任を果たした瞬間でした。