放蕩を極めた夫との間にありながらも、菊草は母として力強く生き、複数の子供(大山栄、大山秀太郎、大山不美など)を立派に育て上げました。菊草の子供たちは、西郷隆盛と愛加那の血を受け継ぐ重要な存在として、一族の絆を深める役割を果たします。
特に象徴的なのが、菊草の次女である大山不美(ふみ)の婚姻です。不美は、菊草の実兄であり台湾の宜蘭支庁長や京都市長を歴任した西郷菊次郎の次男・西郷隆治のもとへ嫁ぎました。いわゆる従兄妹同士の結婚により、奄美大島から始まった愛加那の血脈は再び西郷宗家へと合流し、より強固な絆で結ばれることとなりました。
現代においても、菊草の血を引く子孫たちは教育界や実業界などで活躍を続けています。西郷隆盛の直系子孫として知られる陶芸家や文化人たちとも親密な交流が続いており、奄美大島と薩摩の架け橋となった愛加那と菊草の歴史は、今なお一族の誇りとして大切に語り継がれています。