花田美恵子氏の原点を語る上で欠かせないのが、成城学園在学中の若い頃にティーン誌『Olive』の看板読者モデルとして活動していた経歴です。当時の彼女が提案するフレンチカジュアルや清潔感あふれる着こなしは「オリーブ少女」たちの憧れの的であり、カリスマ的な人気を博していました。
その後、1994年に当時大相撲の大関として国民的人気を誇っていた若乃花勝氏と結婚。一転して伝統と格式が重んじられる二子山部屋・藤島部屋の「若女将」としての重責を担うことになります。大相撲界特有のしきたり、弟子たちの世話、後援会への気配り、そして連日メディアに追われるプレッシャーは想像を絶するものでした。
2002年の別居報道を経て2007年に離婚が成立。離婚理由については、週刊誌等で双方の異性関係やすれ違いなど多角的な憶測が飛び交いましたが、本質的には「大相撲名門一家という特殊な閉鎖環境における価値観の乖離」と「互いの生き方の不一致」であったことが、後年の手記やインタビューで明かされています。離婚後、彼女が4人の子供を連れてハワイ移住を選んだ背景には、過熱する日本の報道合戦から子供たちを守り、一人の人間として再出発したいという強い母の覚悟がありました。