パリでの暮らしは、外から見れば誰もが憧れる絵画のような生活でした。セーヌ川のほとり、歴史あるアパルトマンでの日常。結婚から2年後の2004年1月には待望の長男・十生(じゅうせい)さんが誕生し、中山美穂さんは母として家庭に専念する日々を送ります。現地での生活は完全にプライベートが守られており、自らマルシェで食材を買い、息子の離乳食を作る日々について、当時の女性誌の手記でも穏やかな充実感を滲ませていました。
しかし、異国での密室的な家族関係は、年月を経て少しずつ歪みを生んでいきます。第一の要因は、言語や文化の壁がもたらす精神的孤立でした。フランス語に堪能で現地に仕事仲間も多かった辻仁成氏に対し、中山さんは家庭の中で孤独感を募らせていったと当時の関係者は証言しています。
転機となったのは2010年、辻氏の同名小説を映画化した『サヨナライツカ』への主演でした。約12年ぶりの映画復帰を果たしたことで、彼女の心の中に眠っていた「表現者・女優としての情熱」が激しく呼び覚まされます。日本とパリを往復する過密スケジュールの中で、家庭を守る主婦としての役割と、自己表現を求める表現者としてのアイデンティティの間で、激しい葛藤が生じるようになったのです。