現実の裁判において、最大の争点となったのは「殺意の有無」でした。検察側は「子どもたちが餓死することを行為の時点で認識していた」として殺人罪を主張し、無期懲役を求刑しました。一方の弁護側は「死ぬかもしれないと思いつつも、認めたくなかった」として殺意を否定し、保護責任者遺棄致死罪にとどまると訴えました。
2012年3月の大阪地裁判決は、「未必の殺意」を否定し、保護責任者遺棄致死罪を適用。しかし、「犯行態様は極めて非情かつ残酷であり、2人の幼子の苦痛は想像を絶する」として、同罪の有期懲役刑としては上限にあたる懲役30年を言い渡しました。その後、大阪高裁控訴棄却、2013年9月の最高裁上告棄却を経て、懲役30年の刑が正式に確定しています。
2026年現在、加害者の母親は女子刑務所で服役を続けています。未決勾留日数の算入などを考慮しても、満期出所を迎えるのは早くとも2040年頃と見られており、現在も刑務所の高い壁の向こうで贖罪の日々を送っています。過去に週刊誌の記者や支援者が面会した記録によると、当初は感情が麻痺していた様子も見られたものの、受刑生活を重ねるなかで「自分がしたことの重さに向き合っている」と語る一方で、亡くなった2人の子どもに対する深い後悔とトラウマから抜け出せていない精神状態が報じられています。