和彫りの題材として龍が何世紀にもわたり選ばれ続ける最大の要因は、その圧倒的な「神格」と「視覚的な躍動感」にあります。東洋の龍は、西洋のドラゴン(邪悪な怪物・討伐対象)とは根本的に異なり、天変地異を司る神聖な霊獣であり、雨乞いや航海安全、豊作をもたらす水神として崇められてきました。
龍は「九似(きゅうじ)」と呼ばれる九つの動物の特徴(角は鹿、頭は駱駝、眼は鬼、首は蛇、腹は蜃、鱗は鯉、爪は鷹、掌は虎、耳は牛)を併せ持つとされ、万物の頂点に立つ強靭さと柔軟性を象徴しています。刺青文化が爛熟した江戸時代後期、歌川国芳をはじめとする浮世絵師たちが『水滸伝』の英雄たちを描いた武者絵において、身体に龍を纏う豪傑たちの姿が大衆の熱狂を呼びました。この美意識が現代の和彫りにも直結しています。
また、仏教美術との習合も龍の重要な側面です。特に不動明王の化身とされる「倶利伽羅龍王(くりからりゅうおう)」の刺青は、智剣(宝剣)に黒龍が巻き付き、その切先を呑み込もうとする強烈な図柄であり、あらゆる煩悩や魔障を断ち切る絶対的な守護と不退転の決意を象徴する最高峰の意匠として知られています。