インストゥルメンタルの大ヒットとほぼ同時期の1971年、この名旋律に日本語の詞が乗せられ、昭和歌謡の傑作が誕生します。それが歌手・タレントとして活躍していた小山ルミが歌う『さすらいのギター』です。
日本語詞を手掛けたのは、数々の名曲を世に送り出した名作詞家・千家和也でした。「夜が明ける 街のどこかで…」という歌い出しで始まる歌詞は、若者の孤独、あてもない旅情、そして消せない恋の痛手を鮮やかに描き出し、原曲が持つ哀愁と見事な調和を見せました。
ハーフタレントの先駆けでもあった小山ルミのコケティッシュで少しハスキーな歌声は、哀愁のメロディに都会的な憂いをまとわせました。彼女の歌唱版はテレビ番組や有線放送を通じて全国津々浦々に浸透し、インスト版と並行して昭和歌謡史に燦然と輝くヒット曲となりました。