日本で暮らしていると、「どちらの国の方ですか?」「何人ですか?」という質問は、相手への興味や親しみを込めた気軽な雑談として交わされがちです。しかし、これをそのまま英訳した「What nationality are you?」や「What is your nationality?」という表現は、英語ネイティブの耳には極めて事務的、あるいは警察の取り調べのように響きます。
英語圏において「nationality(国籍)」は、パスポートに記載される法的な身分関係を指す公的な言葉です。役所の窓口、ビザの申請窓口、あるいは空港の税関審査といったフォーマルな行政手続き以外で口にされることは基本的にありません。プライベートな雑談でいきなり法的な身分を問われれば、相手が身構えてしまうのも無理はないのです。
さらに深刻なのが、言語社会学で指摘される心理的バウンダリー(心理的境界線)の侵害です。アメリカ、カナダ、オーストラリア、イギリスなどの多民族国家では、肌や髪の色、顔立ちがアジア系やアフリカ系であっても、生まれも育ちも生粋の自国市民である人々が人口の大きな割合を占めています。外見を見ただけで「この人は外国人だ」と決めつけ、いきなり国籍を問いただす行為は、「あなたはこの国の人間ではない」という疎外感を突きつけるメッセージとして機能してしまいます。
欧米の異文化コミュニケーション研究機関が2024年から2025年にかけて実施した意識調査によると、多民族国家に暮らす非白人系市民の約68%が「初対面で見かけに基づく国籍やルーツの質問を不快、あるいは違和感があると回答した」というデータも報告されています。無邪気な質問の裏にある無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)が、相手の心を閉ざしてしまう最大の要因となっています。