長州藩の奇兵隊を組織した高杉晋作もまた、靖国神社に祀られている代表的な人物の一人である。病に倒れ大政奉還を見届けることなく没した彼が、国家の祭祀対象となった理由は、明治政府が「自らの正統性」を示す必要があったからに他ならない。
官軍として戦い、あるいは維新の礎となって命を落とした志士たちを「英霊」と位置づけることで、新政府は国民の統合を図った。西郷隆盛や江藤新平のように、後に政府へ反旗を翻した人物が除外されている事実は、この神社の合祀がいかに政治的・歴史的選別の産物であったかを明確に物語っている。