清正の武勇を語る上で欠かせないのが、朝鮮出兵時に猛虎を一人で仕留めたとされる加藤清正 虎退治 伝説です。浮世絵や講談などで広く親しまれ、片鎌槍で大虎の喉元を突く絵図は清正の代名詞となっています。
しかし、近年の歴史研究や同時代史料の精査によると、清正が単独で槍一本で虎と格闘したという描写は、江戸時代中期以降の軍記物や歌舞伎(『八重葵加藤曙』など)で脚色された創作であることが分かっています。実際の記録では、軍勢を脅かす虎に対して鉄砲隊を指揮して射殺した、あるいは部下が襲われた際に槍で仕留めたという現実的な作戦行動が記録されています。
講談や錦絵によって英雄像がデフォルメされた背景には、徳川幕府の治世下において、豊臣恩顧の武将でありながら忠義と剛勇を併せ持つ理想の武士像として庶民に絶大な人気を誇った社会現象があります。「虎退治の猛将」というイメージは、民衆の熱狂と芝居小屋の演出が生み出したパブリックイメージの傑作だったと言えます。