山口智史が第一線を退く決定打となったのは、中枢神経系の機能異常に起因する難治性の運動障害「フォーカル・ジストニア(局所性ジストニア)」です。この病は、特定の動作を過剰に反復し続けた音楽家やアスリートの脳において、運動指令を出す神経ネットワークが混線することで発症します。
報道資料および当時の公式発表によると、最初の違和感が生じたのはメジャーデビューから約4年が経過した2009年頃でした。バスドラムをキックする右足が、本人の意思とは無関係に硬直したり、意図したタイミングで動かなくなったりする症状が現れ始めたのです。筋力低下や麻痺とは異なり、「ドラムを叩く動作の時だけ足が意図に反して勝手に収縮する」という、演奏家にとって悪夢のような病態でした。
山口は病名を伏せたまま、鍼灸、神経内科治療、動作の再教育などあらゆるリハビリを試み、約6年間にわたって壮絶な痛みに耐えながら全国ツアーやレコーディングを敢行しました。しかし、2015年夏、10周年記念ツアーを目前にした段階で症状が著しく悪化。「これ以上、自分がドラムを叩き続けることはRADWIMPSの音楽のクオリティを損なう」と判断した山口は、自らメンバーに無期限の休養を申し出ました。
手記や当時の会見資料において、山口は「悔しくてたまらないが、バンドの歩みを止めるわけにはいかない」と吐露しています。完璧主義で音楽に対して誰よりも誠実だったからこそ、中途半端なプレイを許せず、苦渋の決断を下すに至ったのです。