世界遺産に登録された理由は、過酷な弾圧の歴史そのものだけではありません。司祭不在という極限状態において、集落ごとに独自の共同体を形成し、2世紀半にわたり信仰を継承した「人類の歴史における類まれな文化的伝統(登録基準ⅲ)」が評価された点にあります。
そして、この物語を完結させる決定的な出来事が、1865年に長崎で起きた大浦天主堂での「信徒発見」です。幕末に外国人居留地向けに建てられた大浦天主堂を訪れた浦上の潜伏キリシタン数名が、フランス人司祭プチジャン神父に対して「ワタシノムネ、アナタノムネトオナジ(私たちの信仰はあなたと同じです)」と告白しました。
250年ものあいだ地下に眠っていた信仰が突如として息を吹き返したこのニュースは、当時のローマ教皇ピウス9世をはじめ、世界中のキリスト教界に「東洋の奇跡」として衝撃を与えました。弾圧の始まりから潜伏、そして劇的な復活に至る一連の歴史的景観が、世界遺産として守られるべき価値と認められたのです。