「八・九・三」の賭博発祥説が定説として語られる一方で、言語学者や歴史研究者の間では、江戸時代の社会制度や民俗に根ざした別の起源を支持する声も少なくありません。代表的な諸説を比較検証すると、当時の庶民感情や階層構造が浮き彫りになります。
1. 歌舞伎や芝居興行に由来する「役座(やくざ)説」
江戸時代、芝居小屋や見世物小屋などの興行を取り仕切る元締や、客席の警備・揉め事処理を担う人々は「役座(やくざ)」と呼ばれていました。彼らは町火消しや顔役とも結びつき、興行の治安を維持する用心棒的な役割を果たしていました。表通りの武士や町人とは異なる、裏社会と芸能を結ぶ特異な立ち位置にいた人々を「役座の者」と呼んだことが、アウトロー全般を指す言葉へと拡大したという見解です。
2. 「やくたいもない(無益・厄介)」転訛説
古語や方言において、価値がないことや無駄を意味する「やくたいもない」、あるいはトラブルを引き起こす「厄介者」という表現が短縮・変化して「ヤクザ」になったとする説です。江戸中期の随筆や狂歌などにも、風俗の乱れや無頼漢を揶揄する表現として「やくざ」という言葉が散見されており、言葉自体が先に「役に立たないもの」として存在し、後から賭博の「8・9・3」が当て字や符牒として結びついたとする見方も根強く支持されています。