金家による支配の源流を紐解くと、初代・金日成が築いた抗日パルチザンの神話と、2代・金正日が完成させた「唯一思想体系」に行き着きます。金日成は1970年代から長男の金正日を後継者として秘密裏に育成し、1980年の第6回党大会で公認させました。この約20年に及ぶ周到な権力承継期間において、金正日は党組織指導部を掌握し、叔父である金英柱(キム・ヨンジュ)をはじめとするライバル勢力を巧妙に失脚させ、自らの独裁体制を固めました。
対照的に、2011年末の金正日急死によって急遽権力を引き継いだ金正恩氏には、十分な権力掌握の時間が残されていませんでした。若き独裁者が選んだ生き残り策こそが、血なまぐさい内部抗争と粛清の徹底です。自身の後見人と目されていた叔父の張成沢(チャン・ソンテク)国防委員会副委員長を2013年に反逆罪で電撃処刑し、2017年には異母兄である金正男(キム・ジョンナム)氏をマレーシアの空港で暗殺しました。自らの絶対的な権威を脅かす可能性のある親族や軍高官を徹底的に排除することで、党と軍を完全な恐怖政治の下に屈服させたのです。
脱北した元高官の手記や証言によると、金家において「親族」とは最も信頼すべき味方であると同時に、自らの座を奪いかねない最大の潜在的脅威とみなされます。血の粛清は体制の狂気ではなく、世襲独裁システムが自己保存を図るための冷酷な合理的選択として機能してきたという暗い歴史が浮き彫りになります。