なぜこれほど多くの知的な大人が、里の筆順で間違える理由に囚われてしまうのでしょうか。書字動作と認知心理学の観点から分析すると、人間の脳が持つ「ゲシュタルト崩壊の回避バイアス」が浮き彫りになります。
人間の視覚処理は、複雑な図形を既知の単純な記号の集合体として認識しようとします。「里」という文字を見た瞬間、意識下で「上=日」「下=土」と記号を分節化し、幼少期に強烈に刷り込まれた「土は横が先」という自動化プログラムを誤作動させてしまうのです。
しかし、理の漢字の成り立ちと古代文字の進化史を遡ると、この文字の正体は「日+土」ではないことが明白になります。
「理」の左側にある偏は本来「玉(ぎょく=宝石)」を意味し、原初は玉石の模様を整える象形でした。そして右側の「里」は、古代文字である甲骨文字や金文において「田(区画された農地)」と「土(耕された盛り土)」が合体した会意文字です。田のあぜ道を整え、大地にまっすぐ境界線を引く作業こそが「里」の原風景でした。つまり、田んぼの真ん中を貫く一本の境界線(縦棒)を通し、その後に左右の畝(横画)を均等に整えていく動作こそが、この漢字に内在する論理的な骨格なのです。
なお、ネット上の検索窓では「理と里の筆順の違いはあるのか?」という問いが頻繁に見受けられますが、専門的な書道史および文部省基準において両者に筆順の違いは一切存在しません。単体で書く「里」も、「理」の旁として書く「里」も、全く同一のルールで「縦棒先貫き」が鉄則です。