全米を揺るがす薬物危機の主犯格であるフェンタニルをめぐり、ワシントンが北京への非難を強め続ける最大の理由は、密造フェンタニルを合成するための「前駆物質(化学原料)」の大部分が中国国内で合法・脱法スレスレに製造され、輸出されているという冷厳な事実にあります。
米財務省が公表した報告書によると、世界の違法フェンタニル取引の規模は約2,000億円に達し、その化学原料および錠剤成型プレス機の主要な供給源は中国であると特定されています。とりわけ広東省、浙江省、河北省など、化学工業が集中する東部沿海地域がその一大拠点となっており、関連物質の約50%がこれらの地域から流出していると分析されています。
問題の根をさらに深くしているのが、中国当局の関与と政策的インセンティブです。米下院の中国共産党に関する特別委員会が実施した調査では、中国政府がフェンタニル前駆体を製造・輸出する企業に対して付加価値税の還付などの補助金を支給し、実質的に対外輸出を後押ししていた実態が暴かれました。中国国内では厳格な麻薬管理を行って自国民の乱用を徹底的に抑え込む一方で、海外向けに流出する前駆体化学物質の監視には極めて消極的だったのです。
ここには、「現代のアヘン戦争」とも揶揄される地政学的動機が透けて見えます。米ブルッキングス研究所の報告書が指摘するように、中国側にとってフェンタニル問題は、米国が制裁解除や台湾問題での譲歩を引き出すための「強力な対米外交カード(一石五鳥のメリット)」として機能してきました。米中首脳会談のたびにフェンタニル規制の協力合意が演出されるものの、取り締まりの実効性が長続きしない背景には、こうした構造的な対立構図が存在しています。