槇原敬之が同性愛者であるという事実は、本人が自発的に記者会見などを開いて華々しくカミングアウトしたわけではありません。その事実が広く社会に知れ渡る契機となったのは、1999年8月の覚醒剤取締法違反による逮捕と、その後の法廷審理でした。
当時、現場となった自宅マンションに同居していた人物が、後に広く名前を知られることになる奥村秀一氏です。警察の取り調べや公判の過程で、2人が単なる知人関係にとどまらず、長年にわたって親密な同棲関係にあったことが明らかになりました。1990年代末の芸能界において、同性パートナーの存在が法廷報道を通じて白日の下に晒される事態は、ファンのみならず社会全体に強烈なインパクトを与えました。
公判の中で槇原敬之は自らのセクシュアリティについて隠すことなく証言し、事実上のゲイ公表となりました。予期せぬ形での露呈ではあったものの、取り繕うことなく事実を認めた法廷での真摯な姿勢は、その後の音楽活動再開に向けた重要な原点となっています。