1980年代初頭、デビュー直後からトップアイドルとして君臨した松田聖子の私生活において、最初の大きな転機となったのが郷ひろみとの交際と別れだった。当時、国民的スター同士のロマンスとして列島中が注目していたが、1985年1月、涙の破局会見が開かれる。「生まれ変わったら一緒になろうね」という言葉が独り歩きし、世間に強烈なインパクトを残した。
当時所属していたサンミュージックプロダクションの徹底した管理体制のもと、旧来の価値観であれば「家庭に入ること」を求められる空気が支配的だった。だが、彼女の胸の内にあったのは歌への尽きない執念だ。アイドル歌謡のアイコンにとどまらず、自らの表現者としての生命を優先させたこの決断は、日本の芸能界における女性アイドルのあり方を根本から覆す契機となった。