なぜ、単なる油脂の清掃現場が命を脅かす危険地帯へと変貌するのか。最大の要因は、槽内に溜まった有機物の腐敗だ。生ゴミや油脂が微生物によって分解される過程で、極めて毒性の高い硫化水素ガスが発生する。このガスは卵の腐ったような特有の臭気を持つが、濃度が高くなると嗅覚神経が即座に麻痺し、臭いすら感じなくなる。無臭に思えた次の瞬間には呼吸が停止する。これが「一息吸引」の怖さだ。
同時に、微生物の繁殖と急速な酸化反応によって、閉鎖空間内の酸素が大量に消費される。結果として激しい酸素欠乏症を引き起こす。高濃度の硫化水素中毒と酸素欠乏が同時に襲いかかる空間では、人間の身体は数秒しか持たない。蓋を開けた瞬間に倒れ込み、そのまま槽内へ転落してしまうケースが後を絶たない理由がここにある。