ネット検索やSNSで「国民栄誉賞 ふさわしくない人」というフレーズが急浮上する現象の根底には、個別の受賞者に対する個人的な好悪だけでなく、賞そのものが抱える構造的な欠陥があります。取材データと世論調査の推移を分析すると、反発が生じるメカニズムは主に3つの要因に集約されます。
第1の要因は、選考基準の決定的な曖昧さです。国民栄誉賞は、内閣総理大臣表彰等規則ではなく、1977年に制定された「国民栄誉賞創設について」という内閣総理大臣決定に基づいています。授与基準は「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があったものについて、その栄誉を讃えること」の1文のみ。客観的な数値基準や第三者による厳格な審査委員会は存在せず、最終的な授与決定権は内閣総理大臣に委ねられています。
第2の要因は、「政権浮揚のための政治利用」に対する強い不信感です。内閣支持率が低迷している局面や、大型国政選挙の前後に突如として国民的人気アスリートへの授与が浮上するケースが繰り返されてきました。世論は「スポーツや文化の偉業を政権のイメージアップに利用している」と敏感に察知し、授与側への反発がそのまま受賞候補者への「時期尚早」「政治にすり寄っている」という理不尽なバッシングへ転化してしまう構図が見られます。
第3の要因は、「現役アスリートへの授与」がもたらすモチベーションへの懸念と不公平感です。本来、国家的な栄誉は生涯の功績を総括して贈られる性格が強いものの、オリンピック金メダル直後に即座に授与されるケースが相次ぎました。これにより「同じ金メダルなのに、なぜこの競技だけなのか」「まだ現役で戦っている選手のプレッシャーになるのではないか」という疑問がファンや関係者の間で噴出することになります。