『火垂るの墓』清太はなぜクズと呼ばれるのか?批判の理由と真相を追う

『火垂るの墓』清太はなぜクズと呼ばれるのか?批判の理由と真相を追う

『火垂るの墓』清太はなぜクズと呼ばれるのか?批判の理由と真相を追うとはどのようなものなのか? 背景や要点を整理してお届けします。

清太を追い詰めた元凶として長年「冷酷な悪役」とみなされてきた未亡人の叔母。しかし、大人の視点で作品を観返すと、彼女の言い分には筋が通っていると擁護する意見が急増しています。当時の日本は国家総動員体制下にあり、食糧や物資はすべて厳格な配給制で管理されていました。

叔母の家でも、出征した兵士の家族や国のために働く人間が優先されるのは当然のルールでした。清太の母の形見である着物を米に変えた際、叔母が自分の娘や下宿人により多くの白米を盛り、清太たちには雑炊の上澄みばかりを与えたシーンは「いじめ」として有名です。しかし、叔母からすれば「お国のために働かない居候に貴重な米は回せない」という切実な生活防衛でもありました。

当時の清太の年齢は14歳前後。旧制中学校の生徒であれば、学徒勤労動員として軍需工場で働き、社会に貢献することが義務付けられていた世代です。昼間から何もしない清太に対し、叔母が放った「お国のために働いている人たちに申し訳ないとは思わんのか」という言葉は、戦時中の倫理観において紛れもない正論でした。叔母の態度に刺があったことは否めないものの、共同体のルールを無視し続けた清太の態度が摩擦を決定的なものにしたと言えます。

鈴木 陽菜
著者

鈴木 陽菜

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