世界的演出家の華々しいキャリアの裏には、少年期の深い挫折と喪失の記憶が刻まれています。1958年、東京都中央区銀座に生まれた彼の生家は、新橋演舞場の真向かいに位置した有名な老舗喫茶店「ぶらうん」でした。歌舞伎役者や松竹のスターが日常的に出入りする環境で育ち、幼少期から日舞や舞台芸術を肌で吸収しました。
しかし、思春期に入ると周囲の期待や人間関係に激しく苦悩し、高校時代には1年以上に及ぶ引きこもりと不登校を経験。自己のアイデンティティを見失い、自ら命を絶とうと葛藤した暗黒期を過ごします。そんな彼を暗闇から救い出したのが、レコードから流れるミュージカル音楽と映画の世界でした。
玉川大学文学部芸術学科演劇専攻へ進学し、表現者としての道を歩み始めた矢先、21歳のときに最愛の母が不慮の事故で急逝。絶対的な心の支えを失った絶望の中で、「母が愛してくれた演劇の世界で生き抜く」ことを固く誓い、ダンサー・俳優を経て演出の道へと進出していきました。