放射線と人類の出遭いは、発見の歓喜とともに予期せぬ犠牲の歴史でもあった。ノーベル賞を2度受賞した天才科学者マリー・キュリーの足跡は、その象徴と言える。彼女が実験室で試薬瓶を手にして研究に没頭していた当時の写真には、放射能という言葉すら存在しなかった時代の危うさが漂う。彼女のノートや実験器具はいまなお強い放射線を放ち、パリの国立図書館で鉛の箱に保管されているほどだ。
彼女自身、原因不明の疲労感や手指の皮膚炎に悩まされたが、当時は不可視の光線が人体の皮膚細胞を直接傷つけるメカニズムを知る由もなかった。写真技術の発展とともに残された当時のポートレートは、科学の先駆者たちが未知のエネルギーと対峙した歴史的証拠そのものである。
時が下り、チェルノブイリ事故で撮影された黒白写真は、放射線が物理的にカメラフィルムすら傷つける現象を捉えている。放射線量の異常な高さにより、現像されたフィルムには雪のようなノイズや白い斑点が無数に浮かび上がった。人物の姿とともに焼き付けられたその光学的な異常こそが、死の光線がそこに充満していたことを何よりも雄弁に物語る視覚データとなったのである。