八田與一容疑者がどのような環境で育ち、凶行に至ったのか。これまでに判明している生い立ちと経歴を辿ると、一見して平穏な家庭環境の裏で、幼少期から徐々に周囲との軋轢を深めていった足跡が浮かび上がります。
石川県で生を受けた容疑者は、その後、家族とともに栃木県日光市へ転居し、地元の公立小中学校時代を過ごしました。小中学校時代の卒業アルバムや同級生の述懐によれば、目立ちたがり屋で活発な一面を見せる一方で、思い通りにならないことがあると急激に感情を爆発させる気性の荒さが当時から垣間見えていたといいます。
中学校を卒業後、県内の高校(一部報道では私立高校やスポーツの盛んな高校と目される)へ進学。高校時代には部活動に顔を出すこともあったものの、部員同士の協調性を保つことが難しく、目立った功績や継続的な関係性を築くことはできませんでした。その後、前述の通り関東圏の私立大学へ進学するも中退。大学を離れてからは、全国各地のリゾートバイト、運送業、土木作業員などの非正規雇用を転々とし、人間関係がこじれるたびに職場を去るという放浪的な生活パターンを繰り返していました。
事件の数ヶ月前に大分県別府市へ移り住んだ際も、短期間の雇用契約で生活費を稼ぎつつ、周囲に対して自らの素性や過去を深く語ることはありませんでした。社会的信用や恒久的な人間関係を一切構築できないまま、フラストレーションを溜め込んでいた時期にあの凄惨な事件が引き起こされたのです。