朝ドラに関するネット上の最大の誤解の一つが、「モデルとなる実在人物はNHKが自由に選び、勝手にドラマ化している」という思い込みです。実際の実在人物モデルの発掘と決定プロセスには、極めて繊細な権利処理と地域連携のハードルが立ちはだかっています。
実在の人物を描く場合、最重要課題となるのが「遺族や関係団体からの許諾」です。昭和・平成を彩った著名人であればあるほど、著作権や肖像権、プライバシーの配慮が複雑に絡み合います。自著や親族の手記が存在する場合、その出版元との版権交渉には半年以上の歳月が費やされます。遺族との信頼関係が構築できず、企画段階で暗礁に乗り上げた幻の朝ドラ企画は、これまでに何十本も存在します。
さらに見逃せないのが、地方自治体による激しい「朝ドラ誘致合戦」です。作品の舞台になることで生じる観光経済効果は数百億円規模に上るため、全国の知事や観光推進協議会は、地元ゆかりの偉人の企画書を携えてNHKのドラマフロアへ足繁く通っています。しかし、制作陣が優先するのは地域振興の熱意ではなく、「その人物の苦闘が、現代を生きる視聴者の痛みにどう響くか」という普遍的な物語性です。
また、脚本家の選定経緯も極めて独特です。映画や民放ドラマで実績を積んだ売れっ子脚本家であっても、朝ドラの執筆依頼を躊躇するケースは珍しくありません。月曜から金曜まで毎日ストーリーを展開させ、複線の回収と週ごとのクライマックス(金曜・土曜のフック)を130回作り続ける作業は、通常の連続ドラマ13本分に匹敵する負荷だからです。
制作統括が脚本家を選ぶ際、重視するのは「台詞のテンポ」と「脇役への偏愛」です。主人公だけが突出して輝く脚本は朝ドラでは持ちません。家族、近所の商店街の人々、職場の上司といった周辺のキャラクターたちが勝手に動き出すような群像劇を描き切れる筆力を持つ劇作家やストーリーテラーだけが、栄えある朝ドラのペンを握ることを許されるのです。