添田町に鎮座する高住神社の起源は、継体天皇の時代(6世紀初頭)に遡ると伝えられています。社殿は自然の巨大な岩壁(大角蔵)に抱かれるように建てられており、人工建造物と手つかずの自然造形が奇跡的な調和を見せています。かつて神仏習合の時代には「豊前坊(ぶぜんぼう)」と呼ばれ、英彦山全山に点在していた山伏宿坊の中でも筆頭格の権威を誇っていました。
主祭神として祀られているのは、国生み神話にも登場する九州北部・豊の国の守護神豊日別命(トヨヒワケノミコト)です。さらに天照大神、天忍穂耳命が併祀されています。明治期の神仏分離令によって仏教的要素は整理されたものの、現地に漂う張り詰めた気配はまさに中世の修験道そのもの。拝殿の奥を覗くと、神殿の背後がそのまま剥き出しの巨石となっており、古代の磐座(いわくら)信仰が現在まで生々しく息づいている事実を実感させられます。